ヘタレな無職の日記

仕事ができず窓際に追いやられた無能リーマンが節約と投資、副業で資産形成し、31歳で退職しました。これからは少しの小遣い稼ぎ(Uberとか)と家庭菜園、資産切り崩しで生きていきます。

相応の世界に腰を下ろして背伸びせず生きるんだわさ。

在職中は大手の総合職に就いていたので、変にプライドが高かった時期があったような気がする。

いや、それは初期の初期か。入社仕立ての頃だけだったかな。

だから、その後、配属先で打ちのめされた時に、その高いプライドが仇となり、苦しんだわけでして。

メーカーだったので、工場があったのですが、当時の部長に、私が総合職に向いてないのを察してか、「君が良ければ工場の作業員になるか?」と言われた時、私は「はい。」と言えなかった。

今考えると、工場の作業員になったほうが、まだ向いていただろうし、総合職のように調整業務も無いので、疲弊することも無かっただろう。

だが、それなりの大学を卒業して、それなりの企業に就職できたのに、高卒の子が配属されるような職場に放り込まれるのは、抵抗があった。

 

ま、それからなんやかんやして、干されたり、異動を続けていくうちに、自分に相応な窓際部署に配属されたわけですが。

しかし、仕事で使えない輩に仕方なく仕事を与える職場なので、会社としては不要な職場だったわけです。

だから、私はその会社にとって存在価値が無いも同然なわけです。

 

それに比べると、会社を退職して、資産を切り崩しながら、自分でも何とかやれる仕事であるフーデリやMSをやりながら小銭を稼ぎ、畑で家庭菜園をして生きてるわけですが、そこでやっと自分は相応な場所に腰を下ろせているんじゃないかなあ。

そう考えたら変に背伸びしようとか考える必要がなくなるわけです。自分の実力以上のことをしようと思う必要が無くなります。

 

在職時の窓際部署に居ても、存在価値が無いことには変わりなかったから、相応もクソも無かったわけです。

だから人間、その人に合った相応の世界で背伸びせず生きたほうが落ち着きますね。

 

小池百合子なんか公約達成ゼロとか言われて無能呼ばわりされ、血祭にあげられてますが、彼女も都知事なんて明らか彼女に不相応な職に就かず、バイトしながら、畑しながら、細々と足るを知って暮らしていれば、それで普通に生きていけるわけですから、やっぱりね、人はその人の相応な世界でつつましく生きたほうが良いと思いますね。