ヘタレな無職の日記

仕事ができず窓際に追いやられた無能リーマンが節約と投資、副業で資産形成し、31歳で退職しました。これからは少しの小遣い稼ぎ(Uberとか)と家庭菜園、資産切り崩しで生きていきます。

今後のライフプランはこうなるかもしれない。

先日実家に帰省し、1週間過ごしていたのですが、何だか落ち着かなかった。毎度のことだが。

いつも住んでいる関東の家のほうが落ち着くよなあと思いながら過ごしていた。

理由は何なのか考えていると、実家で過ごしていると実家で過ごしていた時の嫌な思い出が沸いてくるのがその1つかなと思ったりしていた。

大体が小中学校の思い出が蘇る。

小中学校の奴らは苦手な人間が多かったので、今でも実家周辺をうろついていると遭遇でもしてしまうんじゃないかとか思ってしまう。

そういう嫌な思い出と距離を置くという意味でも、遠く離れている関東で、小中学校の知り合いが遭遇することがなさそうな場所で過ごすことが、私の心の落ち着きになっているのだと思う。

 

後は実家にいると、親の目線や昔の家族の役割が無意識に蘇りやすい。おっさんになっても「親の家にいる子」みたいなモードに切り替わっちゃうんですよね。一方、関東の家は完全に「今の自分でコントロールできる空間」だから、心理的な自立感が強いのも理由の1つかなと思う。

親が亡くなり、実家を相続して、時間が経って自分の生活を重ねていくと、「親との思い出の家」から「自分の次のステージの家」にシフトし、心理的な自立感は感じられるかもしれないが。

 

でも年を取ったら(60代くらい?)には実家に戻ろうとは思っている。

理由はおそらく実家を相続することになるだろうから。

実家だけでなく、畑や田んぼなんど他にも複数土地があるので、そこの管理をしようとなると、戻らざるを得ない。

一時期、関東に戸建の家を買おうと思ったが、実家の土地の相続後の管理などを考えると、2拠点暮らしになっちゃうので、億劫になり辞めた。

人に貸すという手もあるが、そういうやり取りは苦手である。

ま、広い畑もあって好きな家庭菜園もできるので、それも相続したい理由の1つでもある。

 

だが先ほど述べたように、実家は落ち着かないのである。

年を取れば、見た目も変わるので、一目見ただけでは誰かは分からないから、たとえ小中学校の知り合いに遭遇したとしても私とバレることは可能性低そうなので、そういう意味では落ち着くかもしれない。

だから若い30代、40代のうちは、関東の家で過ごし、見た目が変わる50代からは、関西に戻ろうかと。

ただ、50代は実家に戻る前に、大阪の隣の県である和歌山の和歌山市で10年ほど過ごそうかなと思っている。

実家から和歌山市までは電車で2時間くらいなので、実家とに2拠点生活しようと思ったら、できる距離感ではある。

好きな家庭菜園は、実家の畑でやるつもりだ。週に1度畑を見に実家に戻り、それ以外は和歌山で過ごし、関西圏の暮らしに慣らしておこうかと。そうやって、60代からの実家での生活が落ち着いたものになれればなと思っている。

和歌山で暮らしたい理由は、海が近いという理由もある。和歌山は私の好きな伊豆に雰囲気が似てるし、それも理由の1つかな。釣りもしたいし。

親がまだ生きていて、もし親の家の子としてまだ落ち着かない場合は、和歌山の賃貸は引き上げず、2拠点生活は続けようかなと。ま、親の介護は必要になって、実家に住まざるを得なくなる可能性もあるが・・。